日本学術会議のあり方に関し、政府は2023年夏以来、「法人化も俎上に載せて議論」する方針を明らかにし、「有識者懇談会」での検討を進めていたが、このほど「法人化」のための法制化に正式に着手することを発表した。
「日本学術会議法案」(仮称)が今国会に3月にも提出されることが計画されており、法案概要によれば現行の「日本学術会議法」は廃止され、学術会議は「国の機関」(現行法)ではなく、「特殊法人」化され、これまでとは全く異なる組織として発足することになる。法人化は学術会議の「独立性」の徹底や「自律的な進化」のため等と説明されているが、実際には内閣総理大臣が任命する「監事」や内閣府に設置される「評価委員会」、会員選定方針に関与する「選定助言委員会」、中期活動計画作成や年度ごとの評価義務づけなどにより、政府による管理・統制は飛躍的に強化される。同時に「法人化」に伴い、財源の多様化、外部資金獲得を求める方針も示されており、財政的締めつけが強化されると共に、学術会議に対する外部(産業界等)の影響力が増大することも予想される。「新会議発足」時(2026年10月予定)の会員の選定にあたっては、これまでとは異なる特別な方法をとり、「多様な関係者」から推薦を求める方針も示唆されている。
政府主導で学術会議の「あり方」をめぐる議論が開始されて以来、学術会議は一貫して「ナショナル・アカデミーが備えるべき5要件」(学術的に国を代表する機関としての性格、公的資格、安定した財政基盤、活動面での政府からの独立、会員選考の自主性・独立性)の重要性を指摘し、「設置形態を変更する積極的理由を見出すことは困難」との判断を示す(2021年4月総会)と共に、「法人化」は5要件がめざす学術会議の独立性・自律性強化につながるものではないとして強い懸念を表明(2024年4月総会)してきた。「有識者懇談会」に対しても同様の立場を表明し続けてきたが、今回の法案は学術会議によるこのような懸念・批判を完全に無視するものとなっている。これは学術会議をこれまでとは全くの別物に作り変えようとする法案である。このような法律が成立すれば、学術会議は独立性・自律性を奪われ、政府・財界等に従属する存在へと変貌して、独立したナショナル・アカデミーとしては事実上消滅することになろう。
日本歴史学協会は既に2024年4月に「内閣府特命担当大臣決定『日本学術会議の法人化に向けて』(2023年12月22日)の撤回を求め、日本学術会議の法人化に強く反対する声明」を発し、「法人化」が2020年10月のいわゆる「任命拒否」事件以来本格化した政府による学術会議への介入・統制強化の試みの延長線上に提起されたものであり、学術会議を政府や産業界の意向に従属させようとするものであることを指摘した。また、学術の発展およびその成果を行政や国民生活に反映させることをめざして政府に対し勧告等を行なう学術会議の活動は、歴史研究の基盤的機関である国立公文書館設置に寄与する等、歴史学の分野でも研究や教育、史料保存等の面で重要な社会的役割を果たしてきたことを確認すると共に、「法人化」が学術の場にもたらす弊害・荒廃は国立大学法人化の失敗の経験からも明白であること等を指摘した。
学術会議は1949年、戦前の日本では学問の自由が保証されず、学術が国家権力に従属していたために軍国主義や戦争を止められなかったという反省の上に、「科学が文化国家の基礎」であるとの確信に基づき、「平和的復興」と「人類社会の福祉」に学術の立場から貢献することをめざして設立された組織(日本学術会議法前文)である。「国の機関」であると同時に政府からは「独立して職務を遂行」するという学術会議の位置づけは、このような歴史的経緯に裏づけられている。戦後日本において憲法23条で保障された「学問の自由」の制度的裏づけとなってきたのは、大学の自治と並んで、ほかでもない学術会議の存在であり、学術会議の独立性の侵害が学問の自由、ひいては日本社会の平和で民主的な未来をも脅かすものであることは、歴史学的見地から明らかである。学術会議は2017年に「軍事的安全保障研究に関する声明」を発し、軍事研究は行なわないとする1950年および67年の声明を継承する旨を確認したが、「法人化」により学術会議が公的権威を失い、政府や財界に従属するようになれば、このような原則的立場を示すことは困難となるだろう。日本の学術の軍事動員がとめどなく進行する事態も懸念されるのである。
情勢が急迫する中、日本の歴史学系学会の連合体である日本歴史学協会は改めて、学術会議「法人化」が持つ危険性に警鐘を鳴らし、法人化反対の立場を表明する。政府に対しては、法案提出を断念し、学術会議に対する一切の不当な介入・圧力を中止することを要求する。学術会議には、現在政府によって強行されようとしている「法人化」は学術会議を完全に変質させ、事実上解体・消滅させるものであり、現在は歴史的岐路であるという認識のもとに、大局的・原則的な判断を示すことを期待する。また、歴史学のみならず、人文社会系諸科学、さらには自然系諸科学も含め、学術研究に携わるすべての学協会に対し、学術会議を守るために結集し、学問の自由、ひいては日本の学術および社会全体の健全な発展にとって深刻な事態をもたらす「法人化」阻止のため、力を尽くすことを訴えたい。
2025年2月2日
日本歴史学協会
秋田近代史研究会
ジェンダー史学会
首都圏形成史研究会
上智大学史学会
戦国史研究会
総合女性史学会
千葉歴史学会
地方史研究協議会
朝鮮史研究会幹事会
東海大学史学会
東京歴史科学研究会
東北史学会
東洋史研究会
奈良歴史研究会
日本史研究会
日本史攷究会理事会・委員会
日本風俗史学会
福島大学史学会常任委員会
歴史科学協議会理事会・全国委員会
歴史学会
(賛同団体、2025年2月16日現在)