パレスチナ・ガザ地区をめぐる危機は発生から1年を経ても収束の兆しを見せず、破局的様相を呈している。イスラエルによる全面侵攻、市民全体を標的とする無差別攻撃の結果、4万人以上(7割は子どもや女性)が死亡した。病院・学校等も攻撃対象となり、人々の生活は破壊された。大学・文化施設等が破壊され、研究者・教育者が犠牲となり、地域の記憶を伝える貴重な歴史・文化遺産も消失した。さらにこのような事態が国際社会によって事実上放置されてきた結果として、戦火は今やレバノンにも拡大しつつある。
私たちは、国際紛争の武力による解決を拒否し、戦争を放棄すると共にすべての人の平和的生存権を謳う憲法を持つ国の歴史家として、このような状況を看過することはできない。無差別攻撃や集団懲罰は明らかな国際法・国際人道法違反であり、決して許されない。ガザ危機をめぐり、欧米諸国では侵攻を批判する声を上げることが「反セム主義(反ユダヤ主義)」と見なされて戦争反対の議論や運動が制限され、研究者・知識人が自己規制を強いられるという現象がある。歴史学界も例外ではないが、米国等のユダヤ系市民の間自体に「これはわれわれの戦争ではない」として侵攻に抗議する動きが見られることが示すように、イスラエル政府とユダヤ人を同一視することは誤りである。同様の理由で、私たちは、ガザの事態に便乗した反ユダヤ主義の台頭にも警鐘を鳴らし、これを明確に批判する。
ガザおよびヨルダン川西岸はイスラエルが数十年間にわたり国際法違反の占領を続けてきた地域である。現在の危機の根底には占領という現実、さらに遡れば中東に対する欧米の植民地支配の過程で成立し、戦争で領土を広げてきたイスラエルという国家をめぐる歴史的経緯が存在する。国際司法裁判所(ICJ)は2024年7月、イスラエルの1967年以来の占領を批判してその終結を求める勧告的意見を発し、これを受けて9月には国連総会でも1年以内の占領終結を求める決議が可決された。
振り返れば、侵略や占領、植民地支配はかつての日本が歩んだ道でもある。私たちはアジア諸国に対する侵略戦争や植民地支配の過去を反省し、歴史学の立場から平和な世界の実現に寄与することをめざしてきた研究者として、ガザの事態を憂慮し、即時停戦、国際法・国際人道法の遵守、占領の終結を強く求める。非軍事的手段で問題が解決され、パレスチナの人々の民族自決権が実現することで、中東に平和が訪れ、歴史的に多様な宗教・文化の共存によって特徴づけられていたこの地の社会のあり方が回復されること、それを通じて世界全体が破滅的戦争の危機から救われることを切望するものである。
2024年10月27日
日本歴史学協会