「建国記念の日」に関する声明


日本歴史学協会は、一九五二年一月二五日、「紀元節復活に関する意見」を採択して以来、「紀元節」を復活しようとする動きに対し、一貫して反対の意思を表明してきた。それは、私たちが超国家主義と軍国主義に反対するからであり、「紀元節」がこれらの鼓舞・浸透に多大な役割を果たした戦前・戦中の歴史的体験を風化させてはならないと信じるからである。しかるに、政府は、一九六六年、「国民の祝日に関する法律」を改定して「建国記念の日」を制定し、政令によって戦前の「紀元節」と同じ二月一一日を「建国記念の日」に決定して今日に至っている。

私たちは、政府のこのような動きが、科学的で自由な歴史研究と、それを踏まえるべき歴史教育を困難にすることを憂慮し、これまで重ねて私たちの立場を表明してきた。

一昨年一〇月、菅義偉前首相は、日本学術会議の第二五期の活動開始に先立って、六名の会員の任命を拒否した。政府の方針に賛同しようとしない研究者を排除しようとした菅内閣の姿勢はその後も継続され、多くの研究者の批判にもかかわらず、六名の会員への任命は行われることはなかった。菅内閣の退陣後、岸田文雄氏が内閣総理大臣に就任したが、この問題については「一連の手続きは終了した」として依然として六名の方の日本学術会議会員への任命を拒否し続けており、日本学術会議法に定める会員数に欠員のある違法な状態が継続している。菅内閣から岸田内閣に継承された一連の対応が、日本国憲法において保障された学問の自由への重大な侵害であることは言を俟たない。私たちは、科学的で自由な歴史研究とそれに立脚した歴史教育を今後も堅持していくために、会員任命拒否を続ける岸田内閣に対して改めて抗議するものである。

また、昨年一二月に、「安定的な皇位継承」のあり方をめぐって、政府の有識者会議の報告書が提出されるなど、天皇制の将来についての議論の必要性がメディアを動員して喧伝され、今後は国会の場での議論も進められようとしている。これからの天皇制のあり方を議論するに際しては、現行の天皇はそもそも日本国憲法において定められている国民主権の原則の下、その国民統合の象徴としての存在であることを前提とすべきであり、学問的にとうてい容認できない復古的な歴史観・国家観に依拠した議論であってはならない。議論の展開に当たって過去の歴史上の天皇や天皇制を参照する場合にも、あくまで科学的な歴史学の成果を踏まえるべきであって、八世紀の編纂史料である『日本書紀』を根拠に「神武天皇以来の男系」云々といった議論を持ち出すようなことは、多くの国民の支持するところではないと私たちは考える。ひいては、日本国憲法のもとに成立する「日本国」の「建国」を記念しようとする場合、本来それはいつであるべきなのかという根本的な問題も、改めて再考されるべきであろう。

さて、この四月から、高等学校における新しい学習指導要領が学年進行で実施され、多くの教育現場で「歴史総合」の指導が開始される。近現代史を中心に探究型の歴史教育が高等学校において本格的に導入されることは歓迎されるべきことである。いっぽう、日本近代史に関わって、昨年、一部国会議員が提出した質問主意書を受けて出された閣議決定を経た内閣の答弁書により、これまで学界で認識が深化・共有されてきた「従軍慰安婦」や朝鮮人を対象とする「強制連行」「強制労働」等の学術用語が、すでに検定に合格して教育現場で使用されている教科書の叙述から削除されざるを得なくなるという看過しがたい事態が起こった。現在検定が進行している「日本史探究」「世界史探究」の教科書においても、同様のことが危惧される。私たちは引き続き、歴史学はあくまで事実に基づいた歴史認識を深めることを目的とする学問であり、歴史教育もその成果を踏まえ、自国中心の歴史認識を排し、適切な教育方法に基づいて行われるべきであって、政治や行政の介入により歪められてはならないことを主張するものである。


二〇二二年一月二二日


日本歴史学協会会長                  若尾 政希

同会学問思想の自由・建国記念の日問題特別委員会委員長 横山百合子