日本歴史学協会は、一九五二年一月二五日、「紀元節復活に関する意見」を採択して以来、「紀元節」を復活しようとする動きに対し、一貫して反対の意思を表明してきた。それは、私たちが超国家主義と軍国主義に反対するからであり、「紀元節」がこれらの鼓舞・浸透に多大な役割を果たした戦前・戦中の歴史的体験を風化させてはならないと信じるからである。しかるに、政府は、一九六六年、「国民の祝日に関する法律」を改定して「建国記念の日」を制定し、政令によって戦前の「紀元節」と同じ二月二日を「建国記念の日」に決定して今日に至っている。
私たちは、政府のこのような動きが、科学的で自由な歴史研究と、それを踏まえるべき歴史教育を困難にすることを憂慮し、これまで重ねて私たちの立場を表明してきた。
昨年は、現行憲法下において初めてとなる、生前退位による天皇の交替が行われた年であり、天皇交替に先立っては、四月一日に、平成の次の「元号」が「令和」とされることが発表されたが、この天皇交替にともなう「改元」や一連の関連行事は、第二次安倍政権によって結果的に最大限に「政治利用」されたと言わざるを得ない。大嘗祭をはじめとする天皇交替に伴う一連の諸行事は、政府によって、昭和天皇の死去による現上皇の天皇即位の例にならうとされたが、その本質は旧憲法下における登極令の規定をほぼ踏襲したものであり、国民主権を定めた現憲法下における天皇交替の儀礼にそぐわないものであった。新元号「令和」の典故を一義的に『万葉集』とする政府の姿勢も含め、天皇交替を利用した、昨年来の復古的・権威主義的なムードを醸成する動向には、私たちは強い違和感と危機意識を持たざるを得ない。
また、今年は、次の学習指導要領のもとで使用される中学校の教科書採択が行われる年である。周知のとおり、中学校社会科歴史的分野の一部の教科書の中には、歴史学の成果を意織的に無視した復古的・独善的な歴史叙述を行っているものがあり、そのような歴史観を是とする政治家を巻き込んでの採択運動が展開されることも予想される。私たちは、復古的な歴史観がいたずらに貫かれる教科書は教育現場から排除されるべきであり、実際に教室で生徒たちに歴史学習を指導する教師の声に真摯に耳を傾けつつ、戦後の歴史学の科学的な成果が適切に反映された教科書を採択すべきであると考える。
あらためて私たちは、歴史学はあくまで事実に基づいた歴史認識を深めることを目的とする学問であり、歴史教育もその成果を踏まえて行われるべきであり、政治や行政の介入により歪められてはならないことを強調するものである。
二〇二〇年一月二五日
日本歴史学協会会長 中野 達哉
同会学問思想の自由・建国記念の日問題特別委員会委員長 小嶋 茂稔