日本歴史学協会は、一九五二(昭和二十七)年一月二十五日、「紀元節復活に関する意見」を採択して以来、 「紀元節」を復活しようとする動きに対し、一貫して反対の意思を表明してきた。 それは、私たちが超国家主義と軍国主義に反対するからであり、 「紀元節」がこれらの鼓舞・浸透に多大な役割を果たした戦前・戦中の歴史的体験を風化させてはならないと信じているからである。しかるに、政府はこのような声明や申し入れにもかかわらず、一九六六(昭和四十一)年、 戦前の「紀元節」と同じ二月十一日を「建国記念の日」に決定し、今日に至っている。
私たちは、政府のこのような動きが、科学的で自由な歴史研究と、それを前提とすべき歴史教育を困難にすることを憂慮し、 これまで重ねて私たちの立場を表明してきた。
今日の状況を見ると、現行の中学校歴史教科書の中に、「神武東征」や「神武天皇即位」が歴史記述の流れの中に挿入されているものがあり、 行政などの力によりいくつかの自治体でも採択・使用されている。 また、一九九九(平成十一)年に成立した国旗国歌法は、国旗・国歌を定めただけのものであったにもかかわらず、 各地の教育委員会が学校式典での「国旗掲揚」・「国歌斉唱」を職務命令や懲戒処分等の手段をもって強制する動きが依然として続いている。
昨年五~七月に最高裁小法廷は、九件の「君が代」起立命令訴訟の上告審で、卒業式などで起立を命じた校長の職務命令は、 思想・良心の自由を規定した憲法十九条に違反しないとの判決を下した。 本年一月十六日の最高裁小法廷の判決は、懲戒処分としての減給・停職は慎重に考慮する必要があるとの判断を示し、 減給・停職処分各一件の取り消しを命じたものの、職務命令は憲法十九条違反ではないとの判断を維持した。 この判決の直後、大阪府教育委員会は全教職員に対して卒業式・入学式での「君が代」の起立斉唱を求める職務命令を一律に出すという異様な事態が起きている。
以上のように、日本国憲法の保障する個人の内心の自由が脅かされ、教育が国民の国家主義的動員に利用される懼れはいっそう強まっていることに対して、 私たちは深い憂慮を表明するものである。
私たちは、歴史研究・歴史教育に従事するものとして、歴史学はあくまで事実に基づいた歴史認識を深めることを目的とする学問であり、 歴史教育もその成果を前提として行われるべきであり、政治や行政の介入により歪められてはならないことを、あらためて強調するものである。
二〇一一(平成二三)年一月二一日
日本歴史学協会会長 高埜 利彦
日本歴史学協会学問思想の自由・建国記念の日問題特別委員会委員長 糟谷 憲一